当美術館は、昭和52年、92歳で他界した一人の古美術研究家の遺志を実現するものとして、同年秋に開館されました。
故島田真富翁は生前、武蔵会会長、熊本城顕彰会常務理事として、また在野の古美術研究者として、熊本に残る武人文化の保存・研究に打ち込む一方で、それらにかかわる歴史資料や古美術品を精力的に集めてきました。
晩年には、私蔵が死蔵に墜することを危惧し、生涯を通じての収集品を国民共有の財産として末永く保存し、また広く一般に公開して郷土の歴史と伝統を語り継ぐよすがにしたいと考え、当館設立の基を築きました。
故翁の旧宅の跡地に建つこの小さな私立美術館が、来館者の方々に長い歴史の重みを語りかけ、ひいては温故知新の道場となれば幸いです。
92歳で亡くなった私の祖父・島田真富は、生涯を和服で通しました。「洋服ば着とる者に直垂や大鎧の着付けのわかるか」というのが口癖で、他人に押し付けるようなことはありませんでしたが、自分一個の身辺だけは、可能な限りのいにしへぶりに徹していました。年齢的なものも、またいわゆる肥後人特有の狷介さの故もあったでしょうが、私の知る祖父は、新しいものへの関心をまるで示さないばかりか、一種嫌悪の情をもってそれらに接していました。当然、現実の生活の上では多分の窮屈さを引き受けながら、古いもの、古式の生活への思いを深め、実際には何の役に立ちそうにもない有識故実の研究を重ね、宮本武蔵や熊本城にかかわる先人達の残した武人文化の顕彰に生涯を費やしたのでした。
島田美術館の収蔵品の大部分は、そのようないにしへぶりを押し通した一人の収集者によって集められ、保存されてきたものです。それ故、収蔵品の全容を眺めますと、そこには独特の趣味性や美意識、あるいは微妙な好悪の情が読みとれます。長年ものを見る訓練に磨かれてきたせいでしょうか、幸いなことに、祖父は生活上の偏屈を古美術品や歴史資料の収集面にはあまり持ち込んではいませんが、それでもやはり偏りがあるようです。その偏りをどう理解し、どう生かしていくか、いささか大袈裟に言えば、収集者の意地や情念との格闘をも含めて収蔵品の作柄や伝統性を探求していくのも、私共の今後の課題の一つです。
祖父と私とではずいぶん年齢も隔たり、趣味も考えも異なります。古いものへの関心は、私にとっては相対的なものでしかありません。しかし、私の古美術への接し方の基本にごく自然にはたらくのは、やはり親しく見馴れ聞き馴れてきた祖父の態度のようです。よく言われました。「ものを見る時は座ってみるもんぞ。ただの礼儀作法じゃなか。昔の美しかもんは、絵も道具も皆、座って眺める時に一番ようわかるごつ出来とる。」
その私が近頃よく旧知の方々や家人から、祖父に似てきたと言われます。当館設立の礎を築いた祖父島田真富を知るはずもない幼い孫娘たちは、館のロビーに据えられた、彼女達にとっては高祖父晩年の胸像を、私のものと信じて疑わない節さえあります。その度に苦笑しながら抗弁につとめますが、祖父の死去と同年の館設立以来三十年の歳月が過ぎた事を思えば、宣なるかなの感も禁じ得ません。
- 昭和52年 1977年9月27日
- 財団法人設立許可
- 昭和52年 1977年11月20日
- 開館
- 昭和57年 1982年8月1日
- 新館開館
- 平成17年 2005年6月1日
- 熊本市都市計画道路建設のため一時休館
- 平成19年 2007年10月1日
- 再開館
- 平成25年 2013年4月1日
- 公益財団法人へ移行